書肆萬年床光画関係資料室

写真史や撮影技術、カメラ等について研究趣味上のメモ置き場

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「写真」という翻訳語はむしろPhotograph / Photgraphy理解の妨げになっていやしないかと思うことがある。それも年々増えていく。

「写真」とすることで日本写真史が輝いた側面も確かにあるのだけれど、その方面を"最終的に"後押ししたのが土門拳で、その負の側面が70年代には明らかになり、有効期限は80年代までには完全に切れていただろう。

だけれど、90年代半ばからこちら。"写ルンです"は"デジカメ"と"プリクラ"そして"写メール"、今は"インスタグラム"へ。その方面の写真をきちんととらえようとしたものは海外はともかく国内ではみあたらない。

このときの撮影だとは思うけれどもメモの抜けの可能性高し。この前後の撮影には違いなく同種のフェイクなのは確かなのだけれど。

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20200211 ストリート その2

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体感露出かつ目測撮影で、現像はへたり気味のSPD決め打ちという雑な代物では下手に現像の情報とかは出せないなぁとは思うところ。参考にならないし、していただいてそれがフィルムやレンズ、現像液の特徴と誤解されてしまうと不幸なことになるというか。

フィルム・レンズ・現像液の性能、それからスキャナとPCの後処理のおかげでかろうじて見せられるものとできています。

写真はこのときのもの。

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20200211 ストリート

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撮る<現像<スキャンの順で、かつモノクロ<カラーで時間と手間がかかってしまうのでどうしても未現像フィルムがたまっていく。きちんと生活リズムに組み込まないと現像が終わらない。

また、仕事帰りでも気合いを入れれば4本前後の現像(モノクロ)まではなんとかなるのだが、スキャンとなると一本が限界。今日は1本どころか1セット12コマで眠気に敗北してしまった。

EPSON F-3200 + VueScanという環境。どちらも良いスキャナ、良いソフトではあるのだけれど、F-3200はホコリとの戦いであるし、VueScanはUIが独特でなかなか理解が難しい。英語の解説本はあるのだけれど内容もかなり古いようだ。

上の写真はかなり丁寧にかけてブロアーとブラシをかけたつもりだったがホコリだらけである。

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ノーファインダーで適当に撮り歩くとこういうことになる。一枚ではなんともならないが組むと面白くできないかと思っている。

写真はこのときのもの。

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20200118 トルハルバン

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トルハルバンは韓国の済州島にある石像で道祖神的なものらしい。これがなぜうちの敷地の隅にひっそりとたたずんでいるかと言えば、本家が元々東シナ海の離島にあって水産業を営んでいて、当時の感覚で言えば海を挟むというのはお隣さん感覚だったことと関係しているようだ。

私は直接に関係がないので記憶も曖昧だが思えば本家には民主化以前の韓国からも、結構頻繁にお客さんが尋ねてきていたように思う。

もちろん日本と韓国の近代現代史には難しさがあるのだけれど、朝鮮半島南部と九州北部の民衆史となるともっと複雑に錯綜している。

以下の現像結果。

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岡井耀毅 1992 『日本列島写真人評伝 -風土と写真の光景-』日本写真企画

** 岡井耀毅 1992 『日本列島写真人評伝 -風土と写真の光景-』日本写真企画

恥ずかしながらこの本を知らなかった。平成に入ってからの出版なのにも驚くのだけれど、フォトコンテスト(現フォトコン)の別冊とは…本誌の連載の単行本化だろうか。

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この取材ができる人間がいてまた広汎に読み手が存在するギリギリのタイミングだったろう。今ではもう無理だ。取材することも厳しければ、この題材でこの様なムックを出せるだけの市場がない。

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この本のお陰で分かったことがいくつかあった。読み返せばもっともっと出てくるだろう。

自分なりに写真史をまとめてみようと思ったときに、そもそも工業用途を主眼にした「写真」の歴史(というかそれこそが本流のはずだし写真史はそのものとしてはじまった)とか、「写真師」の歴史に弱く、またこのような地域ごとの写真クラブの活動にも疎いのでまったく話しにならず力不足を噛みしめる。

昭和末~平成初あたりに全国の写真師会が百年史的な記念誌を出しているのが目立つ。まさにその栄光の頂点からわずか十年ちょっとでカタストロフが待っていると当時予測するのは到底無理なことだったろう。

そもそも写真史を描こうとした時点で現在から「個人(=作家)の自己表現としての写真(=作品)」を過去に逆照射してしまうのはいささか拙いとは思うのだが、なかなか先は厳しい。

以前参加した企画の記事はこちら。

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