『国内版 AF一眼レフにおける銀塩からデジタルへの移行史 1985-2004(銀塩AF機の登場から終焉まで) (2018/08/16 版) 新』
(2019/03/07 宅ファイル便リンク切れを機に新規頁で再作成)
個人的興味もあって『国内版 AF一眼レフにおける銀塩からデジタルへの移行史 1985-2004(銀塩AF機の登場から終焉まで) (2018/08/16 版) 』として年表をまとめました。あくまで大まかな流れを掴むために個人的に作成した資料であり、機種名や発売日などの正確性は保証しません。ご了承の上でご利用ください。
年表作成に当たり下記の機種については掲載を検討したものの、最終的には見送りました。
(掲載を見送った機種)
京セラ 「SAMURAI」シリーズ
(大半がハーフサイズ一体型AF一眼レフ)
SONY 「Digital Mavica」シリーズ
(上級機が一体型AF一眼レフ)
ブリッジカメラの一群
OLYMPUS ”IZM”シリーズ
RICOH "MIRAI"シリーズ
CHINON "GENESIS"シリーズ など
視点を移せば当然これらを含めた考察が必要になると思いますし、例えばブリッジカメラを対象とするとAF対応ズームレンズの進化を見据えつつコンパクト機からAF一眼レフ、そして現在のネオ一眼にいたるまでの思想も浮かび上がってくるかも知れません。少なくともチノンの歴史はこの年表よりは興味深いものとして浮かび上がってくるでしょう。
また35mm AF一眼レフの市場への登場(MINOLTA α-7000)から最終機(Nikon F6)の発売までを主軸において銀塩フィルムからデジタル撮像素子への流れを大づかみにすることがこの年表作成の目的なので、前史であるフォーカスエイド機やAF専用レンズ機・試作機は除いています(年表中に記載されている一部試作機は、作成者の個人的な問題関心による)が、AFの発展史を主軸に据えるなら、当然先行するコンパクト機やポラロイドなども視野に入ってくると思います。しかしながら…
AF一眼レフの銀塩からデジタルへの移行を年表にまとめたついでにコンパクト機でもと思い立ったが、まずメーカーの多さでめげる。新技術を開発する主要メーカーに絞ったとして、次にコンパクトの起点をどこに置くかで立ち往生。そして機種多すぎで意味のある流れが視覚化できないのでギブアップ。
— 播磨屋 市蔵 (@afcamera_mania) August 17, 2018
ピッカリコニカを起点にしようとしても、ストロボとコンパクトの関係からして単純でなく。網羅する形の年表でなく機構史と社会史として描くべきなのだろうが、移行史としてデジカメに踏み込もうとすると電子手帳/PDAが墓場の向こうからこちらに手を伸ばしてくるよ…https://t.co/ZvJ9d4XQBs
— 播磨屋 市蔵 (@afcamera_mania) August 17, 2018
という次第です。
海外市場では地域によって発売時期や名称が違い、また海外のみの発売の機種もあ
ります。逆輸入までを考えれば2004年にはMINOLTA Dynax 40/30あたりも国内で販売されていたりして煩雑になるため掲載を見送りましたが、Kodakについてはもう少し載せ方があるかもしれないとは思います。
またこれも今回は記載を見送ったのですが中判デジタルに視線を移すとLeafやPHASE ONEがかなり早くから登場しているのに驚かされます。プロユースゆえに写りが全てに優先し、ホームユースの考えられる機種ではあり得ない極悪な運用が許され、大変高価でもありましたが、それでも確実な需要があり技術の革新は着実に進んでいったと思われるのですけれども、ここを追うのもまた作成者の力の及ばない部分です。