企画「1万円で始める写真史」エントリー報告と反省会
前回の記事の切っ掛けになった投稿から発展して以下の興味深い企画が誕生しました。
【写真史企画】
— はいあたん@受験生 (@haia_i) September 3, 2019
写真史を身近に感じてもらえるよう、 #1万円で始める写真史 という選書企画を行います!
こちらの企画では、写真史初学者に向けて、書籍1万円分で写真史を知ってもらうことを目的としています。
タグは開放しておりますので、FF外の皆様も含め、広く参加していただけると嬉しいです!
さてどのような組み合わせにしようかと早速セレクトを始めましたがこれがなかなかに呻吟いたしまして、この「定価の合計1万円」という枠組みが絶妙で、これは面白いぞ!と勧めたいのだけれどそれを入れるとあれが押し出されてしまう…とマニアにありがちな何でもかんでもの物量作戦を阻止する防波堤として実に有効なのです。
このため、この場合はあれもこれもではなく、これ!と狙い=コンセプトを定める必要があるなと考え、今回は「友達から『おまえ、アレ(ポピュラー音楽のジャンルのどれかを想定してくれたまい)に詳しいんだろ?軽く教えてくれよ!』と頼まれました。さぁ、どうする?歴史やジャンル分け、著名ミュージシャンや大ヒット曲をどこまで紹介できるか?」というありがちと思われるシチュエーションを想定してみました。
さて、狙いは成功しておりますや否や。
1冊目
飯沢耕太郎 2012『深読み!日本写真の超名作100』パイインターナショナル
2,500円(税別)
いわば大ヒット曲やその後の歴史を変えた名曲のアンソロジー。右頁に作品を大きく載せてインパクトが強く、左頁にはよくまとまった解説という構成で、パラパラめくって気になったどの頁から読んでもいいのです。パラパラめくっただけの印象で日本写真史の変遷が大づかみできる快作なので版元品切れが本当に惜しい。再版が切実に求められる一冊です。
この本が実は8年前というのに驚愕させられました。このアンソロジーには日本最初期の女性写真家である島隆が撮った夫の島霞谷の笑顔の写真が収録されているのですが、当時の感光剤(湿板)で笑顔を撮ることは難しく演出写真であること、また当時笑うということがどういう意味を持っていたのかということなど、この写真から気付かされたことは多いのです。
あと、2012年出版された本の表紙が福原路草の「トタンの塀」(1935)で、この緑の帯と合わせてこんなにスタイリッシュに仕上げられるというのが凄い仕事です。
2冊目
岡部昌幸 2005『すぐわかる作家別写真の見かた』東京美術
2,000円(税別)
1冊目のいわば洋楽版ですが、こちらは作品というよりアーティスト主体です。収録図版も比較的大きめで複数あり、解説もコンパクトにまとまって読みやすくまた興味をひくコラムも多数収録されていて日本写真史との影響関係も自然に抑えやすいです。気になったところから拾い読みができる構成というのはお薦めしやすい入門書としては押さえておきたい条件です。
時代ごとのムーブメントと活躍した作家がチャートでまとめられているのも興味を広げやすいところで時代ごとの1頁解説が入門書としては的確で、こんなに薄い本なのに収録作家も多く、そして写真史界隈では貴重な数少ない現行本なのです!!
今回読み直してあらためてこの本が現行で手に入ることに感謝しなければと思った次第です。
3冊目
朝日新聞社(編) 1988『カメラ面白物語 エピソードでつづる日本の写真一五○年』朝日新聞社
2,400円
この本は題名が悪いというか副題の方が内容に近いのですが、それでもこの本の面白さを充分表現し切れていない憾みがあります。カメラや写真・関連の技術・周辺の写真文化や人物模様がおりなす重層的なドラマを読みやすい筆致で描いた唯一の本です。
広く「写真史」を考えるなら作品論や作家論だけでは取りこぼすものがたくさんあるということに気付かせてくれる貴重な作品でもあります。
この本も一つ一つの記事は短く図版も豊富でどこから読んでもよいのです。決して厚い本ではないのですが、収録記事が多いので当然執筆者も多く、そのリストを眺めると当時の写真史に係わる人々の層の厚さに圧倒されます。
個人的には東郷堂の当時の状況と圓カメラの果たした役割をとりあげた記事には大いに助けられて、いずれ書くつもりの東郷堂の記事では活用させていただきたいのです(その前に白昼現像の再現を成功させなければなりませんが)。
4冊目
安友志乃 2009『写真のはじまりの物語 ダゲレオ・アンブロ・ティンタイプ』雷鳥社
1,800円(税別)
Photographを「写真」と意訳したのが名訳ではあるのは間違いないことでしょうが、翻訳語につきまとう意味のズレはどうしてもつきまとうし、ときに「真実を写す」という字面が一人歩きした弊害も大きく、字面に引き摺られた無用な「議論」(前提が間違っているのでまともな議論ですらない)は今でも散見されるところです。
写真という新しい技術が登場したとき、人と社会がそれにどう向き合い、反発し、受け入れ、使いこなしていったかを知ることで今の「写真」を問い直すことができるのではないか…というのは大上段に構えすぎですが、写真登場の初期、ダゲレオタイプからアンブロタイプ・ティンタイプぐらいまでの動きを写真家の作品論ではなく各国の無名の人々の目線で描き出す得がたい本です。
なにより最近の写真本ではまず見ないデザイン、造本という意味でもとても新鮮な作品です。
5冊目
飯沢耕太郎(他) 1989『わかりたいあなたのための現代写真・入門(別冊宝島)』 宝島社 981円(税別)
ここまで眺めてきて、はぁ、なんとなく色んな作品と作家がいたんだなぁ、と雰囲気がつかめてきた辺りでお薦めの一冊がこれです。なんと「別冊宝島」のムック!つまりほんの少し前にはこれが日本中津々浦々の本屋に並んでいたという驚くべき事実それ自体が写真文化史に刻まれた1頁。ナウなヤングにバカウケだったわけで、故に今やブック○フの108円コーナーの常連です。この本を1冊目にしても良いのですが、今となってはこれでもちょっと敷居が高いのも実情でしょう。
大きく写真の歴史と同時代的なジャンルを整理し、お薦めの写真家や写真集をバンバン紹介していきます。今のカメラ誌では絶対やらないような安易なパクリの批判や旧態依然の入門書界隈批判まで記名記事で飛び出しますが、さて、それから30年(!)が経ち、事態はますます悪化する一方です。個人的にはこの現代版を切望するモノの、描き手も読み手もさてどれだけいるのかと思うと非常に厳しい状況があります。
わかりたいあなたのための現代写真・入門―写真の過去・現在・未来を読むガイド・ブック! (別冊宝島 (97))
- 作者: 飯沢耕太郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 1989/08
- メディア: 単行本
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なお、このムックには単行本化された増補改訂版と続編のムックがあって、とくに続編ムックもブッ○オフ108円コーナーの常連ですから全力でお薦めです。
わかりたいあなたのための現代写真・入門 (ISLAND BOOKS)
- 作者: 飯沢耕太郎,金子隆,高橋周平
- 出版社/メーカー: JICC出版局
- 発売日: 1989/11
- メディア: 単行本
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「#1万円で始める写真史」は9/9の〆切に向けてtwitter上に続々と投稿されていて、最終的に企画者の一人はいあたんさんのnoteでまとめが公開される予定ですのでこうご期待!公開されました!!
写真史・写真論の入り口に、1万円で立ってみる。【 #1万円で始める写真史 】【 写真本選書企画 その1 】|はいあ @haia_i|note(ノート) https://t.co/hFwPsQriBZ
— はいあたん@受験生 (@haia_i) September 8, 2019
昨日までのタグ企画をある程度まとめてnoteにしました!!!!
写真史を覗いてみたい人必読です!!!
気合込めて書いたのでぜひ!!
〆切前ですが、はいあたんさんは受験前とのことで、いったんここでまとめとのことです。落ち着いたら補足されるとのことなので〆切までどしどし投稿されるといいかと思います。
さて!反省会!!
さて、ここからは反省会です。
「ナウなヤングにバカウケ」は面白さ優先の嘘(時期がズレているとか)とか、計算したらレギュレーションを破っているので実は失格(汗)とか(消費税率がなかったり様々だったりで計算を間違えた)あるんですが、最後まで迷ったのですがコンセプトから外れたり、レギュレーションとの関係で外さざるをえなかったりした本をここで拾っておきます。
*** 最終予選落選組
『写真家と名機たち』
著名なカメラ研究者による一冊。実はこの本に写真の図版は一枚たりとも出てきません。帯には「貴重写真満載!!」とありますがその前に「スピグラ、ローライ、ライカ、ニコンetc…」とあるように写真機の写真のみで、しかもある程度のマニアであったら大して貴重ではない図版ばかりなのです。
ではなぜこの一冊を写真史として取り上げるか。この本は写真家と愛機を取り上げることで、それでなされた仕事を語る著作だからです。写真家ごとの頁数は比較的多く、作品の図版は一枚も無いにもかかわらず、読み終えたときには様々な分野にわたる写真家達によってなされた写真史が確かに浮かび上がります。
最後までなんとか入れられないかと思ったのですが、やはり写真の図版が一枚も無いのは初心者向けという今回のコンセプトにはひねりが過ぎようと泣く泣く外した一作です。
『フォトモンタージュ/操作と創造 ダダ、構成主義、シュルレアリズムの図像』
フォトモンタージュ 操作と創造―ダダ、構成主義、シュルレアリスムの図像
- 作者: ドーンエイズ,Dawn Ades,岩本憲児
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2000/12
- メディア: 単行本
- クリック: 25回
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TLで「写真」を語る言説は見るのですが、たいていは「写真」の字面に引っ張られた俗流我流の写真論に過ぎないきらいがあります。写真というのはもっと刺激的なものだ!と現状の写真イメージからは外れていく面白い取り組み満載のこの本を挙げたかったのですが、これも初心者向けというコンセプトには飛び道具過ぎかと外した次第です。
ただ、初心者向けだからこそこの辺りを入れてくるという選書は大いにアリだと思います。
『写真の物語』
今回の企画の首謀者の一人である打林俊さんの著作であり、日本語による最新の写真史でもあります。これも入れたかったのですが、現状ではこの本を咀嚼するには前段階、前準備が必要だろうということで無念の選外。ある程度写真史に親しんでいるなら当然読むべき一冊です。
『写真の本の本』
私が常々首をかしげていることに「写真」と聞いて一般に抱かれるイメージが狭くなりすぎやせ細ってしまっていやしないか、ということが、日々量産される無限の画像という現状に反してあるのです。しかしながらこの企画が立ち上がったときに、初心者向けに基礎を押さえる著作も非常に手に入れがたくなってしまっている。
この本は80年代の発刊ですが、写真についての当時日本語圏で手に入れられるあらゆる分野の「写真について語られた」書籍を紹介する非常に気合いの入った本です。
著者の筆頭にあげられている竹村嘉夫が科学写真の泰斗であり、その分野も充実しているのが特徴です。ある意味、写真が科学であることが社会的通念としてあった最後の時代の著作とも言えるでしょうが、撮影技術、写真史、カメラビジネス界隈まで大変幅広い分野に目を向けています。
なお、私はこの本を80年代の"青少年向け写真ムック"のお薦め本紹介欄で知りました。ここに写真についての教養の劣化/断絶をどうしても読み取ってしまうのです。この本も、現状ではこの本を紹介する前段階が必要だろうというのが外した理由です。
***二次予選落選組
『写真美術館へようこそ』
この本も品切れになっているのは残念な現状です。新書として手に入れやすい本で、以前はまずこの本を紹介しておけば済んだのですが。非常に読みやすくお薦めで、増補改訂版が欲しいところ。まずはたくさんの図版が欲しいと考えたときに涙の選外です。
『楽しい写真』
写真史としても簡潔にまとまっており、その教養を実作につなげる紙上のワークショップとしても大変面白い本で手元に一冊置いて損はないのですが、図版が少ないという点で無念の選外です。
『Study of PHOTO -名作が生まれるとき-』
- 作者: Val Williams,タカザワケンジ,LLC SOMEONE'S GARDEN,碓井千鶴
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2013/03/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本は全頁カラーで写真史に屹立する名作ばかりを収録していて、その作品に的確な解説をコンパクトに添付していながら価格も安く、是非手元に置くべき一作なのですが、「写真史」として流れをつかむというよりはジャンルごとの構成になっているのがネックで選外に。
『写真の見方』
言わずと知れた名著ではあるのですが、通史としての側面は些か弱く落選です。よく売れたのでブック○フの常連でもあり、これも手元において損は無い一冊です。このシリーズからは『ヌード写真の見方』『モノクローム写真の魅力』などの本も出ています。
*** 一次予選落選組
『写真とことば』
個人的にこれは入れたかった一冊で、見事なアンソロジーでもあると思うのですが、やはりまずは写真を見ることからかだろうと思うと選外に。ある程度写真家や作品になじんできてから読むと非常に面白く、特に撮影者には気づきの多い読書になるかもしれません。
『時代を作った写真 時代が作った写真』
とても良い本なのですが、やはり「初心者向け」がネックに。非常に詳しく時代のできごとを拾っているのですが、ここまで突っ込むとある程度作品に触れておかないと歯ごたえがありすぎるかと思い、選外に。
『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』
- 作者: ハル・ビュエル,ナショナルジオグラフィック,デービッド・ハルバースタム(序文),河野純治
- 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
- 発売日: 2015/09/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ジャーナリズムの賞として著名で報道写真でも歴史に残る傑作が受賞してきたピュリツァー賞の全記録です。図版も大きく、解説も的確で読みやすくこの一冊をめくることで「報道写真」の積み上げてきた歴史が体感できます。
また、フェイクニュースの議論のかまびすしい昨今、解説に目を通すことで受賞者達がときにかえって苦悩し自ら命を絶つようなことになっていった写真の危うさに向き合うことにもなります。
日本での現在の写真イメージがリアリズムよりで成り立っていると思われることからあくまで一ジャンルであるこの本の印象が強くなることに躊躇したことと、単体で4,000円を超えてしまって他の本が入れられなくなってしまうので、名著でありながら一次予選を通過できず、あえなく落選です。
***雑感
こんなところでしょうか。次の企画で使うこともあるかも知れないのでここで紹介してしまうのは割と自分の首を絞めていますがムーブメントは熱いうちに燃料投下という奴で。
「胡麻の油と蔵書は絞れば絞るほど出るものなり」。実際積み上がっている山を掘り崩す良い機会になりましたし、手持ちの本できちんと読んだつもりの本でも今回手にとってみると色々と発見がありました。ただいまかなり経済的には厳しい状況なのですが、これを機会にまた新たな出会いがあり、色々と注文を入れられましたし。
次回の「お題」が楽しみです。
ただ、今回調べていて本当に危惧するのは海外(英語圏)と比較して、まずはビジュアルに格好良い!といえるアンソロジーが日本語圏ではほとんど出ていないし知られていないということです。海外ならアート系の美術出版の定番の版元から続々と出ているというのに。
最近は日本語でも面白い本はいくつか出て一息ついているとは思いますが、広まってはおらず、ここは本当に危惧するところです。なるほど写真論も結構、ときに写真"で"色々と眉間に皺を寄せて語るというのも確かに大事なことですが、それでどうも精神的に張り詰めたような状況に追い詰められるよりは、まずは写真"を"楽しみましょうやと、そこから初めて見たいものだと改めて。
そういう意味で、今回のエントリーは決して満足のいくセレクトでは無いのです。反省会というのはそういうことです。
ところで、こういう文章っていまはブログよりnoteあたりのほうが良いのでしょうかね。そういうムーブメントが全く分からなくなってしまっている昨今です。