書肆萬年床光画関係資料室

写真史や撮影技術、カメラ等について研究趣味上のメモ置き場

中平卓馬逝去

中平卓馬逝去について最初twitterやFbに流れ始めた時点では半信半疑だったが、メディアに確定情報が流れた。瞑すべし、としてよいのかどうか。

  • 毎日新聞
    • 写真家:中平卓馬さん死去77歳…先鋭的表現、評論活動も
      • 毎日新聞 2015年09月04日 19時02分(最終更新 09月04日 23時01分)

本当に中平卓馬が亡くなったのか。ショックが大きい。「きわめてよいふうけい」は一度見たいのだけれども、機会を得られないままでいる。

写真集「来たるべき言葉のために」をはじめて見たときの衝撃。そして、作者がそれを全否定して、その後の経緯を知ったときの二度目の衝撃。忘れられない。

来たるべき言葉のために

来たるべき言葉のために

手持ちの中平卓馬関係の文献を読み返している。

中平卓馬 (KAWADE道の手帖)

中平卓馬 (KAWADE道の手帖)

いろいろ新しい気づきもあった。現状では中平の逝去について、どこも型通りの報道にとどまっている。追って写真誌を中心に特集が組まれるだろう。

河出の道の手帖の中平卓馬特集が、すでに六年も前のものであったことにショックを受けた。この間、私は何をしてきたろうか。そして私のなかの中平についての情報も、ここで止まっていたのだった。私は、まだ彼はF-1を手に町を歩いているイメージを持っていたが、実際には12年ごろから療養生活を送っていたらしい。入った施設の規約の関係で、最後はカメラを持てなかったらしいということも目にした。そのあたりの経緯も知りたい。

私が中平に惹かれるのは、彼にとっては写真が先にあったのではなく、言葉が先にあり(彼は数か国語を操る編集者だった)、そこから詩との間で写真を選び取っていったという経緯があるからだろう。

なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫)

なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫)

こういうタイミングを商売にするのもどうかというのはあるけれど、ここを逃すと中平卓馬のドキュメンタリーはソフト化できないと思うので、してほしいと切に願う。

後期の仕事も広く紹介され、よく知られた記憶喪失以前とそれ以後を断絶とせず、トータルな視点で捉え直す評論を期待したい。

MINOLTA α-7000 + MINOLTA AF ZOOM 24-100mm 1:3.5-4.5 D 試写/夜の街 雨の街

このあたりとかこのあたりで触れた、ある意味で現行一眼レフシステムのみならず、あらゆる現代のカメラ/写真の始祖*1ともいえるα-7000の試写でございます。

元々は一山幾らでやってきて、狙っていたほぼ全てが告知の通りにジャンクであったという、誰を恨みようもない、ただ黄鉄鉱の山を自分の欲望が黄金にみせるという愚かな身振りの結果のなかに埋もれていた一台。

外装もボロボロで果たして電池を入れても動くかどうかと思わせていたところが、いざ電池を入れてみると当時のミノルタの意気込みが伝わってくる上質な時間を与えてくれました。ファインダーもシャッター音もワインダーの巻き上げ感覚も、今の普及帯APS-C一眼レフなんぞ全部駆逐する勢いです*2



こういう古びた物が好きなんですが、現行のデジタルカメラの絵作りではどうしても表現しきれないというか、しっかり写りすぎというか、それは写真では無くて画像だろうという絵作りはどうしても違和感が残るのです。

なんでも写すというのはなにも写していないのでは無いか、と思うのです。




無論、防塵防滴なんて訳もなく、またAF一眼レフ第一世代として暗所の性能は悪いといわれますが、激しい雨の中、夜の町中でもそれなりに撮ってくれました。

地方都市の、暗い夜の街をよく捉えてくれたように思います。

こんな歴史的なカメラであり、かえって今のデジタル一眼/レフの方向から取り残された部分が贅沢に作ってあるカメラが、いまや本当に値が付かない。残念な話です。

*1:始祖というのは言い過ぎか、中興の祖というとまるで衰退していたようにみえてしまうな。宗祖…とうのは間違っていないか

*2:ミラーレスに至っては顔を上げることも許されない勢いですが、無論この時代の物作りと現行の、すさまじく高性能化したことがまるで正当に評価されずに消費されていく現状とは単純に比較できません。今の技術でこの時代の物作りに望んでもらえれば…とは心から思うのですが

PENTAX SFX N + PENTAX-F ZOOM 1:3.5-4.5 28-80mm / smc PENTAX-F 1:4-5.6 35-80mm

PENTAXのAF一眼レフはMZシリーズやその最終形としての*istくらいしか知らなかったというのが正直なところです。

MZ-3、MZ-5、*istと押さえるべきだろうところは最低限押さえてはいるんですが、まじめに作っているのは間違いないものの今ひとつ魅力を感じていませんでした。ファインダーは嫌いじゃないんですが、どうも甲高いシャッター音にびくっとすると言うか。いや、大事ですよこういう感覚の部分。これこそ、スペックに現れない部分だし正解の内部分で、だからこそ色んなメーカーに色んなカメラを作ってもらいたいという部分なんだから。

ところがですね、天神は某店のジャンク箱に転がっていたPENTAX-F ZOOM 1:3.5-4.5 28-80mmというありふれた標準ズームのデザインがいかにもモビルスーツというかガンダムというか、80年代的なゴツゴツした感じにれとろふゅーちゃー的なロマンを感じて救出し、レンズを買ってしまったからにはそれに似合うボディを探してしまったのが運のつきというかなんというか。

PENTAX-F ZOOM 1:3.5-4.5 28-80mm


で、これがくだんのジャンクレンズです。

取り急ぎ当時のフラッグシップ(だよね?)Z-1pを手に入れたのですが、Z-1pの微妙に高級路線を目指したのであろうクラシカルな野暮ったい風合いは、プラモデル的な安っぽいこのレンズには今ひとつ合わず、最終的にこのレンズとセットになっていたらしい"キットボディ(順番が逆(笑))"のSFX Nを手に入れて合わせてみるとやっぱりどんぴしゃなんですよね。デザインにクセがあるというか、セットであることが前提というか。

SFXとZシリーズの基本的なシルエットは共通するんですが、ほんとに微妙な角張りが一体感を生み出しているというか何というか。

さんざん耳たこでしょうが、この時代のカメラのデザインが最近かっこよく見えてしまって困ります。実にロボット的なデザインです。そのまま変形してロボットになりそうです。というかそんなパロディネタでも作れそうな。

背面の大型液晶ディスプレイがまた未来を感じさせます。そういえば、あんまり数を見たわけじゃないですが、PENTAXの古いAF一眼レフのディスプレイは液漏れを起こしているのを見たことないですね。なにが違うのかしらん。このリアのシルエットもなにかアニメの戦闘機のような。

なんとも優等生なデザインばっかりになってしまったデジタルカメラにもっとこうソフトウェアではなく、ハード的なギミックをいっぱいぶち込んで、ものとしてオーラをもった機首をいっぱい生み出して欲しいなと思うんです。

忘れてました、SFXは(これは改良型のNですが)フラッシュ内蔵AF一眼レフとして世界初!だったはず。これがなかなかまたいい感じです。なにかブレストファイヤーでも出しそうな面構えで、ますます男の頃のロボット魂を刺激してくれます。

そういう意味ではPENTAXのK-01とかK-S1は消して悪くないというか、むしろいい!と断言してしまいます。K-S2が出てしまってそちらが非常にまたいいので全うに勧めるならそっちなんですが。防塵防滴完備のK-S1-2とか出ないかしらん(もうなにがなんだか)

smc PENTAX-F 1:4-5.6 35-80mm

で、ついでに部屋に転がっていたsmc PENTAX-F 1:4-5.6 35-80mmもつけてみました。こちらは本来Z-1についていたはずのもので、実際Z-1pとはよくにあいます。が、SFXとも相性がいいです。

ボディが強烈なだけに抑えめのデザインが引き立つんでしょうね。本来のキットレンズのPENTAX-F ZOOM 1:3.5-4.5 28-80mmがAFレンズとしては過渡期のものだからか、マクロを持っているとはいえ、最短撮影距離がちと長すぎるのと比べればこちらの方が使いやすいというのは確かなところ。

フラッシュのポップアップボタンが無駄に黄色というあたり、このカラーリング、言うことありません。最高です。グリップも大きくホールドしやすく、無印のSFXと比べたとき、基本的に同じはずなんですが、ファインダーもさらに明るく見やすくなっていたり、細かに改良されている気配がありマス(PENTAX MF機に通じるSFXのざらついたファインダーは好きですが)。

あとシャッター音も、無印とNでは違う感じがします。以前SFX無印のジャンクも(シャッター一回切ってお釈迦になりました)つかっていたのですが、SFXはかなり豪快な音がして(シャッター自体と言うよりは巻き上げで)いたのに対して、Nはもう少し上質な感じです。どうしても甲高い感じはあるのですが、これは仕方の無いところでしょうか。さっそくフィルムを詰めて持ち出してみることにします。

なお、すでにカメラ事業から撤退しているミノルタのマニュアルがまだダウンロードできるのもすごいことですが、リコーに買収されてしまったPENTAX(およびリコー)ブランドの銀塩カメラの説明書はだいたい以下からダウンロード可能です。

http://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/support/download/manual/

こういうことをするメーカーには無条件に惚れてしまうやろ!て感じで職場にリコーの営業マン(残念ながら部門が違うのだけれど)が来られるとついついゆっくりお話を聞いてしまったりするので、やっぱりそういう意味でいろんな分野の事業をもっている企業でブランドイメージって大事なんだなと思ったりする次第なのですっとだらだら語ったこの項終わり。

MINOLTA α-7000 + MINOLTA AF ZOOM 24-100mm 1:3.5-4.5 D


昨日復活させたα-7000ですが、ひさしぶりの休みにさっそく持ち出してみました。レンズはこれまた腐るほど落ちてるMINOLTA AF ZOOM 24-100mm 1:3.5-4.5 Dです。マクロはないですが、0.5mmまでは寄れるので街中でどんどんスナップして回るにはちょうどいい感じです。

前回紹介したキットレンズのAF ZOOM 35-70 F4.0より精悍で現代的な面構えになりました。まる一日触っていて、しばらく使われていなかった道具につきもののくすみは一切消えて、生きている道具というオーラを取り戻した感じです。

まだ一本目も現像していないのにどんどんフィルムを通してしまって、これで不具合があったらどうしたらいいのでしょうね(笑)

とにかくファインダ−の見え、シャッター音、巻き上げの感覚がしっくりきます。AFは確かに弱いですが、一本撮ってればだいたい傾向がつかめたので、そういうときはさっさとMFで使ってます。

明日には現像に持っていくつもりですが、さてどんな感じに映っているでしょうか。

MINOLTA α-7000 + MINOLTA AF ZOOM 35-70mm F4.0

世界最初の本格的AF一眼レフであり、ライカのレンジファインダー機など一部をのぞく全ての現行カメラシステムのアーキタイプの一つ、ミノルタ α-7000。

このカメラによって当時のミノルタは市場の大部分を押さえました。

高画質ではあって、年々使いやすくなっていたにしても、なおプロ用途であった一眼レフと撮影行為そのものを本格的に一般人に普及させたという意味でも、現行のスマートフォンまでつながる撮影スタイルの源流とも言えるかも知れません。

ジャンクの山*1に埋もれたまま放置していた本機をふと手にとって軽く磨いてみたら、なにやら愛着が湧いてきたので電池を入れてみました。

どうやら生きている。ついていたAF ZOOM 35-70 1:4は残念ながらAFが死んでいる*2が、手持ちで同じ物の動作品を付けてみます。

この時代のズームレンズは捨てるほどあります。

ほとんど似たり寄ったりのスペックのレンズでほぼガワが違うだけなのだけれど、ボディと標準・望遠ズームレンズがセットでデザインされているので、その組み合わせの時に一番しっくりくるというのはあります。

レンズを買ったがために、あうボディを探して無駄に台数が増えるとか。これが名機名玉ってならわかるけれど、ジャンクレンズにジャンクボディの組み合わせなんですよね…それもまたよしか。

デザインはもろ80年代という感じですが、一周回って最近この手のデザインがかっこよく見えてきていいます。とくに、AF ZOOM 35-70 1:4みたいなデザインやカラーリングのレンズはもっとあっていいんじゃないかしらん。


この手の細いボタンのデザインがまさしく80年代の家電という印象、これはこれで目に新しい。なんというかガンダムというかロボット的というか。男の子的というか。

AF一眼レフというと多機能と大量のボタンで操作にはマニュアル必須という印象があるけれど、α-7000のボタンは機械式一眼レフのダイヤルを一対一で置き換えているだけという感じで、シンプル極まりなくマニュアルがなくとも理解には問題なし。

この時代の液晶ディスプレイの常として液漏れがあるが、実用には充分。

この手のカメラの操作が複雑で面倒くさくなるのは一つのボタンやダイヤルに多機能が割り付けられたりシーンモードなんかが充実するようになってからなんだよなぁ。なぉ、αシリーズのマニュアルはサポートを引き継いでいるケンコー・トキナーから正規にダウンロード可能。なので活用するのが吉。

http://www.kenko-tokina.co.jp/konicaminolta/support/manual/slr/a7000j0.pdf


正面図。

グリップにひびが入りまくっているのは、劣化して真っ白になっていたのを磨いて良い感じになってきたところで、休日出勤の職場に持ち出して机においたところ、グリップがばらばらに崩壊したというコントのような出来事の結果です(笑)

本体表側だけで電池室カバーや裏面は劣化していても崩れてはいないのは、なにか素材に違いがあるのか。

革でも貼るかと悩んだけれど、結局両面テープを貼ってジグソーパズル決行。

αシリーズのグリップは劣化が激しいです。これをきれいにするには劣化した部分を丁寧にのぞいてやればいいのですが、使い古しの歯ブラシで磨いて新聞紙で磨いたところそれなりに見られる状態になりました。写真ではあれですが、実際にはもうちょっといい感じです。

これもまた劣化気味だけれど速写ケースがあるので実用には問題なし。

使ってみて、α-7000のシャッター音はいい感じです。ミノルタが当時どれだけこのカメラに注力していたのか伝わってきます。このシャッター音だけ聞いていたくなってしばらくシャッターを切り続けました。

また、α-7000のファインダーの明るさと見え、ピントの山のつかみやすさにも驚きます。さすがアキュートマットといったところでしょうか。劣化が感じられないわけではないのですが、それでもなお、です。ションベンちびりそうです。

つけているのはF4通しとはいえ標準ズームなのにまるで単焦点つけてるみたいに感じられます。

これだから、いまのAPSサイズ…いや、フルサイズでさえデジタル一眼レフのファインダーは…EVFなんざ…という話になっていくのですが。

初期のAFなので、遅い・苦手なシーンが多すぎということが言われるんですが、だったらそんなシーンではMFで使えばいいじゃんという話で。

現在の瞬間的にピントが合ってしまうデジタル一眼レフが、どれほど「撮る」という人間の「行為」をスポイルしてしまっているかと思うと、このカメラくらいの動作は十二分に撮るという行為を意識させてくれて、このカメラで撮る価値があると思わされます。楽しいです。

ミノルタαシステムの使い方

ミノルタαシステムの使い方

このα-7000、もはやネットオークションではまともな値が付きません。美品ですらレンズや付属品てんこ盛りで3,000円も出せば充分手に入ります。

外装が劣化しているものも多いですが、この手のカメラは放置されたことでくすんでしまっているために印象が悪くなっていることも多いので、磨き上げればかなりの質感を取り戻します。そのころには結構な愛着がわいているものです。

世界で最初のAF一眼レフというのがどれほどのものなのか、是非試してみていただきたいカメラです。

それにしても、SONYは現行αシリーズにミノルタ時代のナンバリングを使うのは辞めてくれませんかねぇ。紛らわしくてしようが無い。7000の登場がうわさされていますが、APS-Cのミラーレスなんて、そもそもαマウントですら無いのに…

*1:この件についてはそのうち書くかも知れないけれど、入っていたPENATX SFXが試写一発目でミラーアップの持病を発してお釈迦になったりでさんざんな目にあったシロモノ

*2:実際にはグリスが劣化して動作が重くなっている模様。レンズ自体は大変綺麗なので、そのうち清掃してみるつもりです