書肆萬年床 光画資料室

写真史や撮影行為にまつわるあれこれ、またはカメラ等についてよしなしごとを放り込む納戸

東郷堂 Nice号(1934) 簡易報告

日本の現在のカメラ史・写真史というのはそれぞれプロ・セミプロ・マニアよりに描かれているきらいがあり、実態とズレているのではという思いがあります。

いま「東郷堂」といってもほぼ知られておらず、ネット上では海外の方がはるかに情報が詳細なのが現状です。

せいぜい白昼現像定着液を使う子供向けの円カメラとして当時の写真界・カメラ界からも色物扱いされていて、いわゆる写真史においてもほぼ取り上げられない東郷堂ですが、実際には海外まで特約店千軒を数える大企業でした。

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当時、カメラが大変な高級品であった時代に子供たちでもなんとか手に届かなくもない値段で簡易なカメラをラインナップし、それを少年誌などの広告や通販を通じても子供たちに届けていました。また、各販売所での白昼現像のパフォーマンスは、そこに像が映し出される不思議によって子供たちを虜にしていました。

『カメラ面白物語』(1988,朝日新聞社編)に「『円カメ』一代トーゴーカメラ」と題した井上光郎による記事ありトーゴーカメラの晴天の元での現像・焼き付けの実演販売の様子が臨場感豊かに描かれています。この本は日本の写真・カメラを作品や機種だけでなくその周辺の文化を幅広く取り扱った数少ない本でお勧めです。

事実、このカメラをきっかけに、写真の道に入ったという著名な写真家達のかなり好意的な思い出は現代カメラ新書の『私のカメラ初体験』などでも拾うことができ、スタートカメラとして重要な役割を果たしていたことが読み取れます。

私のカメラ初体験 (現代カメラ新書)
 

 また、この東郷堂の方式をまねたカメラも盛んに作られたようですが記録は更に少ないのです。

当時の東郷堂の立ち位置、写真界との距離は、現在のチェキのようなものと思うとある程度理解しやすいかもしれないと考えます。ドン・キホーテではチェキ各種やフィルム全種まで手に入れることができ、盛んに売れていますが、それは写真界からは色物・別物扱いされているのは事実だろうと思うのです。

今より遙かにカメラというものにステータスがあった時代、東郷堂のカメラや機材は一般のカメラ店では扱ってもらえなかったため、東郷堂は書店や玩具店といった自分たちの顧客の集まる店と契約を結び独自の販売網を形成していました。 

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閑話休題東郷堂のNice号の簡易報告です。東郷堂のカタログにあるように初心者研究用として現像定着から焼き付けまでできる付属品一式と共に販売された由緒正しき「暗室不用白昼現像」のいわゆる「円カメラ」三機種のうち、ボックスカメラである他の二機種に対して一見アトム判と見まがうサイズと体裁の蛇腹カメラです。

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シャッター速度はO/I/Bの三種類。Oは構図確認用の開放(Openと思われる)、Bはバルブで実質的にシャッターはIのみで恐らく10から30分の一秒と思われます。ただ、専用フィルムの感度は一桁であったようなのでバルブで問題なかったのでしょう。twitter上でKanさんより「IはInstantという意味で、大体は1/30~1/60くらい。Kodakが単速シャッターについてこのような表記をしていた」旨のコメントをいただきました。

なお、サイズ的にアトム版を想起させる蛇腹カメラですが、絞り固定でもあり、レール上でレンズを移動させることは出来るようですが固定は難しく、ほぼ折りたためるボックスカメラと思って間違いないようです。

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サイズ感は先述の通りアトム判に近いものです。一見ピントグラスも外れそうですが残念ながら固定。専用フィルムに合わせて覗き窓も一回り小さいものです。上のスロットから専用の紙製撮り枠入りフィルムと押さえ用のなにかを入れていたものと思われます。

東郷堂のカタログには発行年月日がなく、掲載されている価格や巻頭で誇らしく掲げられる特許及び実用新案の数の推移から推測するしかない難物なのですがCamerapediaによれば1934年の発売となっています(冒頭のCamerapediaの記事内に当時のカタログが掲載されています)。1930年後半として3円80銭というのは7千円前後というところでしょう。現像焼き付けまでの一式揃いでもあり、当時としては破格の値段です。

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パーレットが当時で17円くらいで現在の3万円といったところになるようですが当時の収入や生活水準等からするともう少し上、3倍くらいに換算しなければ合わないように思われます。なお、当時入り始めたライカはIA型で250円…。

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これはまた別に手に入れた東郷堂の現像タンクおよび簡易焼付機、現像薬等と専用印画紙と現像済フィルムに専用アルバムです。印画紙やフィルムが専用の紙製の撮り枠に収められていたことが分かります。また白昼現像に使用する薬品はフェノールフタレインにより赤く色づけられていたことが確認できます。

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フィルムは銀化しているものスキャンは可能な状態で、一枚をスマホでとって簡易に反転してみたところなかなかの紳士が現れました。撮影状況が不明ですが、子供がおもちゃに持ち出したという類いではないようです。また、フィルムの端にゲバルト社の名前が見えて当時の証言通りです。

このあたりについてはまた別項でまとめていきたいと思います。