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写真史や撮影行為にまつわるあれこれ、またはカメラ等についてよしなしごとを放り込む納戸

主要記事一覧

当ブログである程度継続的に扱っているテーマについて目次を作成しました。フェイクライカ関連以下は「続きを読む」(PC端末の場合)で展開してご利用ください。

 イカ神話 / フェイクライカ関連

主に90年代末から00年頃に活動したと思われる非常に特徴的なフェイクライカを作成したロシアのチームによるカスタムの変遷を追っています。当時のクラシックカメラブームを背景として、Leitz製カメラとしての狭義のLeicaを超えた広義の「ライカ」について考えています。

  1. フェイクライカとはなにか / フェイクライカの新潮流 (暫定版)
  2. 件の系統のフェイクライカ 初期型 レポート 速報版 
  3. 件の系統のフェイクライカ 軍艦部切断型目測モデル
  4. 件の系統のフェイクライカ 愛と幻想のシン・ライカ
  5. 件の系統のフェイクライカ カッタウェイ(スケルトン)モデル
  6. 件の系統のフェイクライカにおける一連の指標についての考察
  7. 件の系統のフェイクライカ 番外編 カスタムフェド レポート速報版
  8. 件の系統のフェイクライカ 情報集積所
  9. M3神話解体試論 (2018.1.3版)
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「キング 『カメラセット』」簡易レポート

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暗室不要・白昼現像を特徴とする戦前の子供向けカメラ=円カメラは以前レポートした東郷堂によるものが代表的ですが、東郷堂もその始祖というわけではなく、また実際にはいくつもの会社から同様の円カメラが発売されていました。そのうちの一つ「キング『カメラセット』」について簡易的なレポートをしたいと思います。

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外箱はこのような感じでサイズ感からも子供向けの"おもちゃ"という雰囲気です。箱の表に"AIKATSU & CO. TOKYO"とあり手がかりとしたいところですが、某子供向けゲームシリーズに検索エンジンでの検索結果は占拠されており今のところよい結果にたどり着けていません。「キング」ブランドの「カメラセット」なのでしょうが、カメラの正式な名前が何であるか、今のところ手がかりがありません。

このボール紙製の中にはカメラ本体紙製の撮り枠に入った専用フィルム数枚専用印画紙焼き付け機専用白昼現像液/定着液(粉末)が入っています。子供向けのおもちゃと侮るなかれ、この一箱で撮影から現像・焼き付け・定着まで可能なセットとなっています。

箱を開けると中はこの通り。残念ながら定着用のハイポのアンプルが割れて中に散らばってしまっていますが、印画紙や現像液は未使用のようで、以前の所有者はあまり使わなかったのかも知れません。

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ちなみに印画紙(キング印画紙)の袋の隣に見える「ガラスと窓が切り抜かれた紙のセット」は特に説明はないものの焼付機(!)かと思われます。この紙に印画紙→フィルム→ガラスと置き、穴がガラス上に来るようにくるみ電球に向ければ焼付ができるという訳です。同クラスの東郷堂のそれと比較しても究極的にシンプルなものですが、これでも実用は果たせたはずです。

さて、カメラ本体に移ります(写真は冒頭の物と同じ)。フォールディングカメラの体裁をとっており、本体の蓋を開けてレンズ部分を引き出すとこのようになります。

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一見、立派な蛇腹カメラに見えますが、前回紹介した東郷堂のナイス號と比較しても圧倒的にチャチな作りです。サイズはわずかにナイス號より大きいのですが、重量はこちらの方が明らかに軽く、有り体に言ってブリキ細工のようです。ナイス號が「カメラ」ならこちらはかなり「カメラのおもちゃ」寄りの作りです。

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シャッターはレンズ向かって左側面にあり「バルブのみ」となります。このつまみを下げればシャッターが開き、離せば閉じます。東郷堂のナイス號よりここでもいっそうの単純化が見られますが、フィルムの感度の非常に低い当時のことですから、これでも用をなすのです。

レンズがどのようなものかは手がかりはありませんが「単玉のなにか」でしょう。ナイス號の金属部品は割としっかりと加工されたものであったのに対して、こちらは先にも述べたように金属板を切ったり曲げたりしたブリキ細工の風合いです。

東郷堂のナイス號よりはさらに一段安く、おもちゃ寄りの流通をした機種と思われます。しかし、ナイス號は備えていなかった距離指標を備えている点や、またフィルム出し入れ口に遮光用の植毛をしている点など、その値段の中ではまじめに作られたカメラとはといえるかもしれません。

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白昼現像を用いた子供向けの円カメラについては東郷堂についてさえ記録は少なく、このキングカメラ(正確には「キング」ブランドの「カメラセット」というべきか?)や、また私の手元には「シルバーカメラ」という白昼現像を用いるカメラのカタログや解説書もあるのですが、詳細がそれぞれの現物以上にはないという実情です。

私自身がこの辺りを追求するのは現状では非常に難しいのですが、どなたかが研究なされていて必要であるというのであれば史料の提供はさせていただきたいと思いますのでご一報いただければと思います。

東郷堂 販促チラシ

東郷堂の当時の販促チラシが届きました。

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東郷堂の特約店が「書店」だという実例を実際のチラシで確認できました。裏に手紙のような何らかの文章があるものと思ったのですが残念ながらそちら側にはなにもなく表側から併せて置かれた葉書か何かのインクがしみてしまったものでしょうか?

暗室不要・白昼現像を用いる子供向けの円カメラで支持された東郷堂ですが、実際にはそれらはあくまで入門機で本格的なカメラをラインナップしていました。この写真ではボケてしまっていますが、チラシに掲載されているなかでも円カメラと言えるのは本来的にはミカサ號だけであって、子供向けの初心者研究用とされるのもナイス號までです。

以前にも紹介していますが、有志が公開してくださっている東郷堂のカタログで当時のラインナップが確認できます。

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しかし、以前触れたように東郷堂は当時のカメラ流通からは色物とみなされて相手にされず、そのため従来の問屋やカメラ店に頼らない自前の専門店や特約店を中心として海外まで広がる独自の一大流通網を築き上げます。平成の現在ならともかく戦前ではとんでもない偉業でした。

このあたりの物語をいつか誰かが描いてくれないものかと思うことしきりなのです。

東郷堂 専用フィルムのスキャン

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前回で東郷堂の円カメラNice号について簡単に報告しましたが、東郷堂製の円カメラ用のフィルムは専用の紙製のホルダー(撮り枠)に一枚ずつ収められていて、撮影後はその撮り枠ごと専用の着色された現像液に浸すことで暗室無しで現像・定着・焼き付けが出来るというのが大きな特徴で各販売所でのいわゆる白昼現像のパフォーマンスが子供たちを虜にしていたというのは先も触れたとおりです。

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東郷堂の専用フィルムはゲバルト社のフィルムを輸入して切断し、紙製の撮り枠=専用ホルダに詰めたものとのことでおそらく無孔の映画用35mmではなかったかと思われます。手持ちのスキャナ(EPSON F-3200)の35mm用ホルダに収まりましたので、別に手に入れた現像セットに付いてきたフィルムを読み取ってみることにしました。

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フィルムが銀化を起こすなど劣化していたこと、またF-3200のドライバー上の補正機能をすべて強でかけたことでかえってディティールは劣化していますが取り急ぎ雰囲気はわかるものと思います。

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端にゲバルト社のロゴが読み取れますのでこのフィルムは輸入規制前(輸入規制後は富士フイルム製に切り替わりますが当時はまだ性能が悪く苦労したとの証言があります)であり、また奥に和服の女性二人がよく写っているので絞り固定、SS Bのみの円カメラの写りでなく、撮影は東郷堂の高級機ではないかと思われておそらく撮影者は大人です。

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この青年が撮影者なのか、それともモデルなのか。一連のフィルムに繰り返し現れます。戦前の若者の年齢を見分けるのは難しいですが、おそらく今の大学生ぐらいの年齢ではないでしょうか。この撮影場所も何度も出てきますが、家の中庭、あるいは玄関先でそれなりの大きさの家のようです。また最初のスーツといい、それなりの格好をしているのが印象的です。

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彼もまたなんどか登場します。兄弟か、友人か。この犬は飼い犬でしょうか。戦前に犬を飼えるとすればやはりそこそこの家には違いありません。

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冒頭の写真もそうですが野外に持ち出してのロケも試みていたようです。あまり成功しておらずブレているものが多いですが手持ちだったのでしょうか?

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これは冒頭の写真に写っている女性二人で、和服姿ですが、あまり着物の柄にはくわしくないもののかなり斬新なデザインでいわゆる銘仙的であります。

さて、この撮影者・被写体が示すように東郷堂のカメラは子供向けの円カメラだけでなく、むしろそれらは研究用として現像・定着液等とセット売りされる初心者向けキットであり中級機・上級機もラインナップされていたしそちらが本筋であったことはネット上で有志が公開なされているカタログ類からもわかります。

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白昼現像用の専用フィルムだけではなく、上級機むけにはロールフィルムバックも設定されてましたし、そうなればつまりはカメラ史における通常の蛇腹カメラそのものです。

カメラ誌・カメラ業界からは一部を除き無視されていた東郷堂は、独自の会報・通信を充実させていたのですが、これもまた記事が海外にしかないのが現状なのが残念です。

camerapedia.fandom.com

さて、東郷堂さえ記録が乏しいところなのですが、実は東郷堂が白昼現像を普及させたのは確かではあるものの決して東郷堂の発案によるものではなく、また東郷堂の成功に刺激されてそれに類する白昼現像定着法を使う入門者向けのカメラ(=円カメラ)は当時外にもたくさんありました。

東郷堂に輪をかけて記録は少ないのですが手元にいくつかそのようなカメラの資料があるので次はその紹介をしていきたいと思います。

東郷堂 Nice号(1934) 簡易報告

日本の現在のカメラ史・写真史というのはそれぞれプロ・セミプロ・マニアよりに描かれているきらいがあり、実態とズレているのではという思いがあります。

いま「東郷堂」といってもほぼ知られておらず、ネット上では海外の方がはるかに情報が詳細なのが現状です。

せいぜい白昼現像定着液を使う子供向けの円カメラとして当時の写真界・カメラ界からも色物扱いされていて、いわゆる写真史においてもほぼ取り上げられない東郷堂ですが、実際には海外まで特約店千軒を数える大企業でした。

camerapedia.fandom.com

当時、カメラが大変な高級品であった時代に子供たちでもなんとか手に届かなくもない値段で簡易なカメラをラインナップし、それを少年誌などの広告や通販を通じても子供たちに届けていました。また、各販売所での白昼現像のパフォーマンスは、そこに像が映し出される不思議によって子供たちを虜にしていました。

『カメラ面白物語』(1988,朝日新聞社編)に「『円カメ』一代トーゴーカメラ」と題した井上光郎による記事ありトーゴーカメラの晴天の元での現像・焼き付けの実演販売の様子が臨場感豊かに描かれています。この本は日本の写真・カメラを作品や機種だけでなくその周辺の文化を幅広く取り扱った数少ない本でお勧めです。

事実、このカメラをきっかけに、写真の道に入ったという著名な写真家達のかなり好意的な思い出は現代カメラ新書の『私のカメラ初体験』などでも拾うことができ、スタートカメラとして重要な役割を果たしていたことが読み取れます。

私のカメラ初体験 (現代カメラ新書)
 

 また、この東郷堂の方式をまねたカメラも盛んに作られたようですが記録は更に少ないのです。

当時の東郷堂の立ち位置、写真界との距離は、現在のチェキのようなものと思うとある程度理解しやすいかもしれないと考えます。ドン・キホーテではチェキ各種やフィルム全種まで手に入れることができ、盛んに売れていますが、それは写真界からは色物・別物扱いされているのは事実だろうと思うのです。

今より遙かにカメラというものにステータスがあった時代、東郷堂のカメラや機材は一般のカメラ店では扱ってもらえなかったため、東郷堂は書店や玩具店といった自分たちの顧客の集まる店と契約を結び独自の販売網を形成していました。 

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閑話休題東郷堂のNice号の簡易報告です。東郷堂のカタログにあるように初心者研究用として現像定着から焼き付けまでできる付属品一式と共に販売された由緒正しき「暗室不用白昼現像」のいわゆる「円カメラ」三機種のうち、ボックスカメラである他の二機種に対して一見アトム判と見まがうサイズと体裁の蛇腹カメラです。

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シャッター速度はO/I/Bの三種類。Oは構図確認用の開放(Openと思われる)、Bはバルブで実質的にシャッターはIのみで恐らく10から30分の一秒と思われます。ただ、専用フィルムの感度は一桁であったようなのでバルブで問題なかったのでしょう。twitter上でKanさんより「IはInstantという意味で、大体は1/30~1/60くらい。Kodakが単速シャッターについてこのような表記をしていた」旨のコメントをいただきました。

なお、サイズ的にアトム版を想起させる蛇腹カメラですが、絞り固定でもあり、レール上でレンズを移動させることは出来るようですが固定は難しく、ほぼ折りたためるボックスカメラと思って間違いないようです。

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サイズ感は先述の通りアトム判に近いものです。一見ピントグラスも外れそうですが残念ながら固定。専用フィルムに合わせて覗き窓も一回り小さいものです。上のスロットから専用の紙製撮り枠入りフィルムと押さえ用のなにかを入れていたものと思われます。

東郷堂のカタログには発行年月日がなく、掲載されている価格や巻頭で誇らしく掲げられる特許及び実用新案の数の推移から推測するしかない難物なのですがCamerapediaによれば1934年の発売となっています(冒頭のCamerapediaの記事内に当時のカタログが掲載されています)。1930年後半として3円80銭というのは7千円前後というところでしょう。現像焼き付けまでの一式揃いでもあり、当時としては破格の値段です。

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パーレットが当時で17円くらいで現在の3万円といったところになるようですが当時の収入や生活水準等からするともう少し上、3倍くらいに換算しなければ合わないように思われます。なお、当時入り始めたライカはIA型で250円…。

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これはまた別に手に入れた東郷堂の現像タンクおよび簡易焼付機、現像薬等と専用印画紙と現像済フィルムに専用アルバムです。印画紙やフィルムが専用の紙製の撮り枠に収められていたことが分かります。また白昼現像に使用する薬品はフェノールフタレインにより赤く色づけられていたことが確認できます。

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フィルムは銀化しているものスキャンは可能な状態で、一枚をスマホでとって簡易に反転してみたところなかなかの紳士が現れました。撮影状況が不明ですが、子供がおもちゃに持ち出したという類いではないようです。また、フィルムの端にゲバルト社の名前が見えて当時の証言通りです。

このあたりについてはまた別項でまとめていきたいと思います。